
通称、安レレくん です。
本名は、JAMCO No. 250といいます。
先日、オークションで落札しました。弦は張られていませんでした。
誰も入札しないので、開始価格1,500円で終了。
あんまり怪しいので、みんな控えたのでしょうね・・・。
しかし、私はこんな記事を見つけてしまったのであ〜る。
http://www31.ocn.ne.jp/~ubw/oldjuke/jamco/no250_1975/index.html
これと同じモデルをお持ちのMIOXさんは、オリジナルCD「Uklele Salada Boal」を仲間と自主制作してしまうほどのレレスト。
この人の持ち物なら、たぶん間違いないだろう・・・と。
粗雑な作りです。
ちまたで売られている3,980円くらいのオモチャの方が、よっぽどキチンと作られた感があります。
なのに、音は・・・・ちゃんとした楽器でした。
信じられないけど、音程もしっかりしている。。。
私のウクレレ1号機、パインちゃん(Famous FU-120P)のような、きらびやかでパンチの効いたところはありませんが、ポコポコした、のんびりした音色はけっこう好きです。
弦高がとても高いです。
横から見ると3mmくらいありそうです。
今は、ダダリオの黒弦を張っていますが、えらく弾きづらい。
まずは調整しないといけません。
初めての工作になりますから、ちょっと心配でもありますねー。
そんなわけで、まだ弦は切っていないのです。また緩めますからね。
ちなみにペグは、この頃主流だったプラスチック製のフリクションタイプです。
(ここまで、12月26日)
さて、弦高を下げる工作をしてみます。
ドキドキしますね。
まずは、ナットの調整を。
カッターナイフで弦が入る溝を深くしてみます。

・・・・・テキトーにやるのは止めましょう。深く削りすぎると弦を押さえた時にフレットに触り、ビビる原因になります。
私はドラフティングテープを貼ってガイドにしました。だいたい下から1.5mmくらいまで削ります。
次はサドルの調整です。

まともなウクレレと比べると、信じられないほどの高さです。
まずは1mmほど削ってみることにします。
やすりを使いますが、サドルが外れないので、ボディを傷つけないよう、注意深く・・・

(ここまで、1月2日)
さて、ここに来るまで2回ほど調整しました。
「まあ、安レレだし。こんなもんでいっかー」
と正直思っていましたが・・・
謎の4人衆で構成される「ザ★レレ倶楽部(仮称)」の課題曲で「Crazy-G」を練習することになりました。
そうしたら、弾きにくいことこの上ない。コード進行だけなら、これでも十分だったのですが、メロディも入ってくるとキッツゥーってなわけで。
曲のマスターもさることながら、再び弦高調整せよとの課題まで出された気分です。。。
でも、めんどくさいんですよね。弦を緩めた後が・・・
しばらくは安定しないので音が狂います。演奏のたびにチューニングばかりすることになります。
弦を張ったり緩めたりをなんども繰り返しているせいか、今張っている弦は、すでにささくれ立っている箇所があります。
取り替え時期も早くなりそうです・・・
さて、これはなんでしょう?

こちらに関係あるものです。。。
http://www.city.moka.tochigi.jp/kouiki/christmas.htm
ただいま、デザイン・印刷用データ準備完了したところ。
さて、、、当日はどのような仕上がりになっているでしょうか・・・?

こちらに関係あるものです。。。
http://www.city.moka.tochigi.jp/kouiki/christmas.htm
ただいま、デザイン・印刷用データ準備完了したところ。
さて、、、当日はどのような仕上がりになっているでしょうか・・・?
土浦花火のフィルムが上がってきた。
もう何回撮影しているだろうか。慣れたものである。
しかしながら、今回は風に泣かされる結果になった。
その場では気付かなかったが、仕上がったリバーサルフィルムを見ると、花火の軌跡が右側に流れている。
現像に出した約108カット全てだ。言ってみれば、骨折り損のくたびれ儲け?
これがデジタルカメラならば、1カット撮って
「あー、今回はダメ」
と、あきらめるところか・・・
しかし、相手はフィルム。バクチ的なスリリング感を楽しむにはもってこいである(苦笑)
そして次回こそは・・・という野望がふつふつと沸き上がるのかもしれない。
1と0では割り切れない何かが、アナログの世界にはあるのだ。
しかし・・・さすがに今回は、プリントのオーダーをしないでおこう。
もう何回撮影しているだろうか。慣れたものである。
しかしながら、今回は風に泣かされる結果になった。
その場では気付かなかったが、仕上がったリバーサルフィルムを見ると、花火の軌跡が右側に流れている。
現像に出した約108カット全てだ。言ってみれば、骨折り損のくたびれ儲け?
これがデジタルカメラならば、1カット撮って
「あー、今回はダメ」
と、あきらめるところか・・・
しかし、相手はフィルム。バクチ的なスリリング感を楽しむにはもってこいである(苦笑)
そして次回こそは・・・という野望がふつふつと沸き上がるのかもしれない。
1と0では割り切れない何かが、アナログの世界にはあるのだ。
しかし・・・さすがに今回は、プリントのオーダーをしないでおこう。
プリンタと闘うの巻

このところの雨降り天気のおかげで、湿度が高い。
その影響がどうやら紙に出ているようで、レーザープリンタを使うとシワが寄る。
そして数枚刷るたびに紙詰まりを起こす。
ILAS-II News Letter(詳細はここで; http://www-ilas2.nies.go.jp/index_j.html)を発行するには205部を刷らなければならないが、ままならない。
試行錯誤の上、プリンタをゆっくり動かすために10枚ずつプリントし、シワの寄ったものとまともにプリントされたものとを選別することにする。

10枚中、2枚はご覧の通りのシワが寄る。
つまり、2割の確率で紙がムダになる。
普通ならば30分でやれるはずの仕事が、1日仕事になってしまった。
終わってやれやれという気持ちはあるが、充実感とは程遠い。
機械に振り回された現代社会の縮図みたいなものである。

このところの雨降り天気のおかげで、湿度が高い。
その影響がどうやら紙に出ているようで、レーザープリンタを使うとシワが寄る。
そして数枚刷るたびに紙詰まりを起こす。
ILAS-II News Letter(詳細はここで; http://www-ilas2.nies.go.jp/index_j.html)を発行するには205部を刷らなければならないが、ままならない。
試行錯誤の上、プリンタをゆっくり動かすために10枚ずつプリントし、シワの寄ったものとまともにプリントされたものとを選別することにする。

10枚中、2枚はご覧の通りのシワが寄る。
つまり、2割の確率で紙がムダになる。
普通ならば30分でやれるはずの仕事が、1日仕事になってしまった。
終わってやれやれという気持ちはあるが、充実感とは程遠い。
機械に振り回された現代社会の縮図みたいなものである。
第74回 土浦全国花火競技大会
2005年10月1日土曜日、今年も全国の花火師達の心意気を見に出かける。
お供は一眼レフ2台、28-75mm F4のズームと47mm F1.9のレンズを2本、36枚撮リバーサルフィルムを6本、そしてレリーズ2本と三脚1台。
花火師達の心意気に比べれば軽い装備である。
いつものように午後12時、会場である桜川の河川敷に到着。
大会は午後6時からであるが、より良い場所を確保するには、最低限この時間に現場にいないと間に合わない。

周りには同じことを考える人々がけっこういる。
場所を確保した後、大会が始まるまでは、思い思いのことをしながらのんびりと構える。
バーベキューの煙や鍋の白い湯気がモワモワとたなびく様子は、土浦花火競技大会の風物詩でもあろう。
おだやかに晴れた秋をゆっくり楽しむのも、私にとっては花火大会プログラムの一部なのである。

今年はツェッペリンNT号という世界最大の飛行船が上空を飛来した。
全長75m。なかなかの巨漢である。
しかし、戦前にこの土浦にやってきた元祖ツェッペリン号と比べると1/3のサイズしかないという。
当時、飛行船を迎える土浦の人々のフィーバーぶりは尋常ではなかったと聞いているが、果たしてどんな様子であっただろう?
当時と同じ空に、ジェット機はもちろん、スペースシャトルも飛んでいく現在。
そのころに思いを馳せるのは、かなりの努力を要する。
2005年10月1日土曜日、今年も全国の花火師達の心意気を見に出かける。
お供は一眼レフ2台、28-75mm F4のズームと47mm F1.9のレンズを2本、36枚撮リバーサルフィルムを6本、そしてレリーズ2本と三脚1台。
花火師達の心意気に比べれば軽い装備である。
いつものように午後12時、会場である桜川の河川敷に到着。
大会は午後6時からであるが、より良い場所を確保するには、最低限この時間に現場にいないと間に合わない。

周りには同じことを考える人々がけっこういる。
場所を確保した後、大会が始まるまでは、思い思いのことをしながらのんびりと構える。
バーベキューの煙や鍋の白い湯気がモワモワとたなびく様子は、土浦花火競技大会の風物詩でもあろう。
おだやかに晴れた秋をゆっくり楽しむのも、私にとっては花火大会プログラムの一部なのである。

今年はツェッペリンNT号という世界最大の飛行船が上空を飛来した。
全長75m。なかなかの巨漢である。
しかし、戦前にこの土浦にやってきた元祖ツェッペリン号と比べると1/3のサイズしかないという。
当時、飛行船を迎える土浦の人々のフィーバーぶりは尋常ではなかったと聞いているが、果たしてどんな様子であっただろう?
当時と同じ空に、ジェット機はもちろん、スペースシャトルも飛んでいく現在。
そのころに思いを馳せるのは、かなりの努力を要する。


