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ものづくりノート

すたじおKoki'o(すたじおこきお)の仕事人、「のり」のブログへようこそ。グラフィックデザイナー、ハンドメイド洋服作家、初心者ウクレレの先生です。

会場風景1

表参道ヒルズ(http://www.omotesandohills.com/)がオープンした。

そこに、かつて同潤会青山アパートメントが建っていたことを、ご存知の方は多いと思う。

同潤会は関東大震災後の復興住宅を供給するために設立された財団法人。
大正13年に発足。以後、昭和16年に解散するまでに、震災復興のための木造住宅の建設の他、不良住宅改良事業として1箇所、「アパートメント」と呼ばれる中流階層向けのものを東京・横浜に15箇所、合計16箇所の集合住宅を建設した。
日本ではまだ珍しかった鉄筋コンクリート造、電気・ガス・水道を完備、大規模な集合住宅では中庭や娯楽室、訪問者のための応接室や宿泊施設、浴場や食堂まである画期的なものであった。

同潤会、新旧

上が旧同潤会青山アパートメント6号館。
下が表参道ヒルズにある再生棟、同潤館。


同潤会記憶アパートメント展
http://kioku.info/

会場風景2

2006年2月11日~17日まで、同潤館の中にあるギャラリー同潤会(http://www.gallerydojunkai.com/)にて開催された。
取り壊される前の青山アパートメント内のギャラリー「夢どうり」での開催から数えて、今回で5回めとなる。

アパートメントの記憶を、皆の心にとどめておいて欲しいと願う、
たくさんの人たちが集まって紡ぎ上げる共同プロジェクトである。


資料に見入る

各人が持ち寄った資料は膨大である。
アパートメントの図面、敷地に自生していた植物分布図、様々な角度からの写真・・・


かつての表札

かつての表札。


外壁のカケラ

外壁のかけら。


取り壊し

取り壊しの状況も記録されている。
80年近い歳月を息づいてきた、あの空間を支えた建物が
いとも簡単に瓦礫の山と化していった・・・
私たちがもっとも見たくなかった、青山アパートメントの最期。
この間、私は表参道にほとんど近づかなかったことを思い出す。


階段室からの眺め

現在の同潤館、階段室からの眺め。
アパートメントの階段室から眺めたかつての風景と同じ。
かろうじて遺された貴重な風景かもしれない。


同潤館

同潤館は、青山アパートメントの設計図を元に外観部分を再生した棟である。
欄干や階段の手すり部分には
かつてのアパートメントで使用されていた部材が再利用されている。

新しいランドマークを得て、ますます賑わう表参道。
しかし、かつて私がこの場で満喫した
人が行き交いつつも、静かで優しさに満ちあふれた空間は
もう戻ってこないと思った。

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コメント


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どうも初めてお邪魔します

私も上野の同潤会アパートには何度か足を運んだ事があります (キワヤ商会へ行く道中ですので~) あそこは何故でしょうか? 妙に自分の子供時代とカブってしまうかのような錯覚をおぼえてしまいます。 

「古い鉄筋コンクリート」・・・所々コンクリートが剥がれ落ちている。 その小さなベランダからひょっこり顔を出す洗濯物を見て感じる~そこに住んでいる人々の息づかい。 「階段や屋上」・・・共同の洗濯機であろうか? 無造作ながらもあちこちにぶら下がっているタオルや洗面用具。 「部屋の入り口」・・・かなりの年季を感じる引き戸。 そこには手書きの表札や牛乳受け。 外は昼間で明るいけども、そこの廊下は薄暗い光影をひっそりと醸し出している。 

私が連想する・・・「昭和時代のアパート」を彷彿させます。 それと青山アパートメントの取り壊しの写真、痛々しかったです。 のりちゃんの言うように、80年の歳月を息づいてきたものが・・・・・ 私は実際にあのアパートに住んではいませんでしたが、そこで長い間寝起きしてこられた方々の心境はどんなものであったでしょう?

私が小学生の頃は茅葺き屋根の家でした。 玄関から上を見ると大きなスズメバチの巣。 土間。 薪で湧かした風呂。 あの水ポンプ。 囲炉裏のコタツ? ニワトリ小屋にポットン○○。 何もかも今となっては思い出の中にしか存在していません。 今は亡き祖父のテーラーの荷台に乗せられてのドジョウすくい。 懐かしい。 そんな思いをこのブログを見て感じさせられました。

 

輪の道 | URL | 2006-02-21(Tue)18:32 [編集]


昭和の歴史

茅葺き屋根の住宅に住んでいたことは、貴重な体験ですね。大切に留めておいていただきたい「時の記憶」です。
同潤会アパートメントは、私の原風景と思っています。幼少時代の私は、いわゆる「団地族」の娘でしたから。
もちろん高度経済成長期における日本の集合住宅の考え方は、同潤会のそれとはかなり違っていますが、同潤会アパートメントをお手本にした部分は多々あります。
私は両者の共通性を見い出したり、違う部分を考えたりします。
そんな作業を繰り返しながら昔の集合住宅に思いを馳せるのです。
つまり、人々が適当な距離感を保ちつつ、周囲と交わって生活できる、言わば長屋の発展形ともいえる生活スタイルを実現したあの空間に。

さて、私にとっては郷愁を誘う「団地」。
当時「団地族」と呼ばれた人々の生活スタイルをまるごと復元してしまった博物館が千葉県松戸市にあります。
別トピックにてリンクを貼っておきますので、よろしければご覧下さい。

のりちゃん | URL | 2006-02-24(Fri)10:36 [編集]