ひとつひとつ、なにかを創り上げていくプロジェクト。 それがどんどん積み重なっていったとき、透けて見える私の姿は?
指遣い
昨日の昼休み。いつものようにウクレレを弾いていると、その音に吸い寄せられるように、Mさんがやってきた。
研究所内では知る人ぞ知るウクレレストである。
さっそく、私のウクレレで1曲弾いてもらう。
曲はウクレレストの憧れ「Crazy G」!


・・・・・・・・・・。


なぜこんなにも音が違うの? 同じ楽器だというのに。
ああ、私のウクレレが歌ってる、喜んでる!

彼の音は澄んだ竪琴の音。
ひとつひとつの音の輪郭がハッキリしている、コロコロした美しい響き。
そして、どこにも力が入っていない。いともかるーく弾いてしまう。
当然ながらリズムの崩れもない。

ショックだ。

頭をボコッっとやられたよう。
やはり我流では非常に危険と実感。
さっそく彼から基本の指遣いを伝授してもらう。

さて。
今日の休憩時間。
矯正したフォームでウクレレをポロロン。

「あれ? 前より音が良くなりましたね!」
開口一発。Sさんの言葉。

音大卒の彼女に言われると、うれしくなる。
だって、自分では良くなったか客観的に判断できないのだもの。

しかし、M名人の域に達するのはいつの日か?
経験7年の重みである。でも演奏は軽いんだけどね。
耳コピー
今まで聴いてきた曲の中でも好きなものというのが、誰にでもあるだろう。
楽器を演奏するようになると、その曲を弾き語りしてみたいと思うようになる。

ウクレレを弾き始めた私がまさにそれである。

しかし、楽譜が手元にないことが多々ある。
さて、どうする?

自分が覚えてきたコードを当てはめて、メロディのどの箇所に合うか、神経衰弱みたいなことを始める。

例えば、「線路は続くよ」
あれこれ試して探しまくった結果、こんな感じになった。

G C G
G A7 D
D G C G
Am7 G G D7 G
G C
D7 G D7 G
G C
D7 D7 G G G

なんだか暗号みたいだな(笑)
もう少し、わかりやすくしてみよう。

20051128104029.jpg

お分かりになる方、お試し下さい。
とりあえずは大丈夫と思うが・・・

もっと、良いコードあるようならコメント下さい。


で、今は小沢健二「いちょう並木のセレナーデ」のコード探索中。
SX-70フィルム、販売終了の日
・・・ついにこの日がやってくるのか。
ポラロイドSX-70用 感度ISO 150フィルムがなくなる日。
まあ、今までも高くてなかなか手が出なかったけど(苦笑)。
それにしても、あの独特の青みを帯びた映像表現ができなくなるのはポラ作家としては、痛い。

その代わり、らしいが。
ポラロイドから600フィルム(感度ISO 600)を使って普通に撮影できるND(減光)フィルターが発売されるそうだ。これからはSX-70のお供にぜひ600フィルムを、ということらしい。

それにしても、30年前に発売された中古カメラのためのアクセサリーを開発するメーカーって・・・愛すべき企業である。

しかし。。。だ。
もう少し早く出してくれよー。
こっちはわざわざ富士フイルムのNDフィルター(http://fujifilm.jp/personal/sheetfilter/nd.html)買ってSX-70用に自作したよ。
この労力とコスト・・・泣ける。


詳しいことは以下のアドレスに
http://www.polaroid.co.jp/sx-70/index.html

SX-70 Forever(ポラロイドSX-70情報サイト)
http://www.sx70.jp/
購読するメールマガジンから
Webマガジン「レアリゼ」
http://www.realiser.org/
編集後記より。

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見えない霞に覆われたような日々が続いている。世界が縮小している感触。
かつてこれに似た感触が生じたことがある。

それは、フランスに暮し始めたころ。語学学校とホストファミリーの家を往復する日々。テレビや雑誌などあらゆるメディアから遮断され、教室で交わす人工的な会話と、一人暮らしのマダムが一方的に喋りつつける意味不明のフランス語のなかで暮らしていた。

世界に関する情報は、ほとんど私の元へは届かなかった。数ヶ月経ったころ、私にとって世界とは、ホストファミリーの家と、教室と、その間を繋ぐ道と、その周辺だけであり、世界の縮小と共に、意識する自己自身のサイズもまた同じくらい極端に縮小していることを感じた。

世界とは世界に関する情報それ自体なのであり、同時に自己意識もまた世界に関する情報なのだと、そのときに実感した。情報が遮断されると共に、自己は縮小する。

それと似た感覚がある。会社を舞台に日々与えられる情報は、かつてないほどの量と、海外まで繋がる広さと備えており、毎日処理すべき情報量は常に増大し、情報処理と判断に関する自分の能力は、経験と共に少しずつ向上している。本来であれば、自己は増大していなければならないはずだ。

しかし、それを感じない。反対に、身を包む見えない霧は日々深くなり、自己が縮小している感触がある。なぜだろう?

答えは簡単だ。会社にいる自分が、自己意識と一致しないのだ。考えてみれば昔から皆が言っていることだった。会社にいる自分と自己意識を一致させること、それが起業するということ、なのだ。(三沢)
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これは、誰でも経験したことがあると思う。
自分の世界がどんどん縮小していく感覚。
世界は広いはずなのに、その世界を知るための窓が、どこへ行ってしまったのかわからなくなる感覚。

いつだったか、仕事の打合せの時に、ある企業の経営者が漏らした言葉がある。
「現状維持で行こうとすると、業績は縮小してしまうのです。常に現状を上回るように心がけて、ようやく現状維持が保てるのです」

ここで企業の「業績」を自己の「内面的充実」と置き換えて確認してみる。

自分を取り囲む世界だけで生きていないだろうか?
目や耳を閉じ、どんどん自分のスケールを縮めてしまってはいないだろうか?

これは、常日頃から自分自身で検証していくべきことだと思う。

さて、どうして私がこれらの言葉に心を動かされるのか。
それは長く、暗いスパイラルに落ちこんだ頃の、かつての自分がいるからだ。
もう二度と、あんなぞっとする体験だけはしたくないのだ。
稲川淳二 講演会のお知らせ
26.jpg

「インダストリアルデザイナー」の稲川淳二氏の講演会が、11月26日(土)13:00より、水戸市の文化学院芸術工科専門学校で行われる。
茨城デザイン振興協議会の主催でデザイナー紹介事業・実績展の一環として行われるもので、テーマは「デザインの力で仕事を元気にする方法

稲川淳二・・・と言えば、みなさん、タレントとか怪談話する人とお思いだろうが・・・

彼はれっきとしたインダストリアル(=工業)デザイナーである。
業績としては、グッドデザイン賞を受賞した「車止め」が有名。
http://blog.g-mark.net/2005/08/post_526a.html

まさに多くの才能を持つ人。
どんな話が飛び出すか、実に楽しみである。

詳細は
茨城デザイン振興協議会
http://www.idpc.jp/

稲川淳二公式サイト
http://www.j-inagawa.com/
茨城デザインフェア2005
11月21日(月)より開かれます。
http://www.pref.ibaraki.jp/topics/event/20051107_01/

まずは茨城県産業会館(水戸市桜川2-2-35)にて。
期間は30日(水)まで。
地図は
http://www.ibarakiken.or.jp/keijiban/data/map.html

その後、ひたちなか市の茨城デザインセンター(http://www.idesign-c.jp/)へ巡回します。

私も県内のデザイナーを紹介する「デザイナーズギャラリー」に出展。
昨日11月18日に、今まで手掛けてきたものを出せるだけ出してきました。

搬入

出品

お近くにお越しの際は、ぜひお寄りになって下さい。
県内のデザイナーの活動も合わせてご覧下さい。
デジカメご帰還
ああ、うれし。デジカメ戻る。

リコーのカメラ、買ったのは2度目。

1台目はXR-8 Super。
ちょうどモントリオールに渡る準備をしていたころ。
寒冷の地にペンタックスMEだけ持って行くのは不安だった。
だから、機械式の「確かなもの」をと思って。

しかし、すぐに初期不良。それも出発の数日前に。

そのあとがエライ大変。
リコーに電話して修理のオーダーして、カナダまで送れと住所知らせて。

で、結局ペンタックスMEは-40度の寒さでもキッチリ仕事したという。。。

これやったら、買わんでも良かったやんという感じであった。


で、今度のR1vですが・・・またしても初期不良!

相性悪いんですかねっ!!!

まー、それでも戻ってきてくれたのはウレシ。
とりあえずは様子を見よう。

ちなみに・・・
私のとっての「確かな」一眼レフは
ペンタックスLX
高くてとても・・・と思っていたが、
結局、中古で買ってしまった。
やっぱり良いわー♪
ロハスな暮らし
ロハス、というライフスタイル、ご存知だろうか?

LOHAS --Lifestyles Of Health And Sustainability--
翻訳すると、
「健康的で持続可能な生活」

つまり、健康的で充実した生活を送ることが、環境を守ることにも繋がる、という考え方だ。
90年代に米国で提唱され、少しずつ世界に拡がっている。
現在、日本でこの「ロハスな生き方」をしている人は約30%というデータがある。

私はラジオのFM放送を聴くとき、たいていはJ-WAVEに周波数を合わせる。
1日のタイムテーブルの中で1度は必ずこの「ロハス」という言葉を聞くようになったのはいつのころだろう?

「環境に優しい」ことと「楽しむ」ことを暮らしの中で同時に求めるという、ロハスのエッセンスに関しては、プログラムを聞き流していくうちになんとなく理解していった。
しかし、具体的な言葉の意味が謎のままだった。

それが、昨日の新聞でようやく分かったというわけ。
ソース元は毎日新聞、11月14日の26面。
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/katei/news/20051114ddm016040183000c.html

長い間の胸のつかえが取れたよう(笑)

私も「ロハス」に賛同する者のひとりだが、まだまだ実践までには至らないように感じる。
と、いうか。
そもそも「・・・しなければならない」的な発想自体がロハスではないわけで。

もっと気持ちを楽にして、ゆるやかに生きていくことが、すなわち「ロハス」。

実践するとすれば・・・具体的にはこんな感じ?
http://allabout.co.jp/health/stressmanage/closeup/CU20051105A/index.htm

さて、自分の視点を幼少の頃にまで戻してやる。
あの頃の生活はロハスそのものだったと思う。

お醤油が1升瓶で売られ、ボールを持ってお豆腐を買いに行くことが、私の小さい頃にはまだ当たり前だった。
それは大村 昆のオロナミンCや由美かおるのアースの蚊取り線香のホーロー看板と共に、ギリギリ残っていた。

時は2005年、世間では映画「ALWAYS」http://www.always3.jp/index02.htmlが話題になる時代。
人々はまた回帰への道をあゆむのか。

ロハス・・・最新のトレンドのようで、実は元来た道を振り返ってみようと提案しているのかもしれない。
ファンがいる
このブログにも愛読者の方がいらっしゃいまして
「最近、更新が滞っているけど・・・」
というメールをいただきました。

実を言いますと、今のところ、アクセス解析はおろかカウンターも付けていないので、一体何人の方がこれを見ているのか分からないのです。
それで、張り合いがないな・・・と感じてしまったりしておりました。

そんな時にメールをいただけると大変励みになります。
ありがとうございます。

みなさんも、よろしければ記事にコメント付けていただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
デジカメを修理に出す
4月に買い替えたリコーR1v。
電源をオフにした際にレンズカバーが自動的に閉まるようになっているのだが、その閉まり具合が悪くなった。
買って3ヶ月くらい経過しての症状。未だ一向に直らず。
ふたが閉まっていると思い込んでバッグに無造作に入れていたりしていたおかげで、レンズの表面に傷が付いている。

保証内修理をお願いすることにした。
従って、しばらくデジカメと一緒に生活できない。

私は、どこへ行くにもカメラを欠かさない人間だ。
必要とあらば予備の準備もする。
だから修理のためとはいえ、10日間もカメラを持たない生活をするのは不安でもある。

以前銀塩カメラでやっていたことをデジカメに任せるようになってからは、ますますその依存度が激しくなった。
何枚撮っても大きな出費に繋がらない。おかげでブラパチ(ぶらぶらしながら気ままに撮影すること)にはもってこいであるから。

ブログも当分は文字だけになってしまいそう。
読者のみなさん、しばらくご辛抱願いたい。
11月2日(水)晴れ
いよいよ冬の声が聞こえてきた。
ついに家で使う石油ファンヒーターと石油ストーブ
合計3台を押し入れから出す。

私の住む地域は冬が比較的長期にわたる。
ストーブは5月くらいまで出しているほどだ。

夏が大好きな私は
この季節をやり過ごすのに
けっこう苦労をする。
体は冷えやすく、喉が弱い。
気を緩めると、あっという間に風邪をひく。
今朝は一番の冷え込みだったとか。
起きたばかりだというのに
手がかじかんで、携帯電話のボタン操作さえも苦労した。

しかし、朝。
凛とした冷たさに、そこはかとない美を感じる。
石油の匂いは、どこか懐かしさを誘う。
純毛の暖かなセーターは
私が最も好む服でもある。

早くも次の夏の到来を心待ちにしながら
私はこの「途方もなく長い季節」を
どのように過ごすか思案している。
ものづくり、世に問う
第39回東京モーターショー(http://www.tokyo-motorshow.com/)へ行ってきた。

20051101163233.jpg

クルマが好きで、隔年に1回のこのイベントへは、1989年からずっと出かけている。
ちょうど会場が晴海から幕張メッセへ変わった年であった。

数えてみたらモントリオールに滞在していた1995年を除き、すでに8回も通っている。
16年である。あれからそんなに月日が経ってしまったのか、驚きである。

1989年のモーターショーは、日本がバブル経済に浮かれていた最中の開催である。大排気量と大馬力のエンジンがもてはやされ、燃費のことなど目もくれなかった。スポーツカーや高級車がどのメーカーからも出品され、あっと驚く仕掛けも用意されていた。
とにかく華やかだった。楽しかったが、何かが間違っているとも思わざるを得なかった。

1991年のモーターショー。2年前のショーとはうって変わったしょぼくれたもの。
バブル華やかなショーが強く印象に残っている私の目には、物悲しく映ったものだ。

さて時代はどんどん変わっていく。
自動車業界は時代の流れに機敏に反応し、様々なコンセプトを世に問う。
スポーツカーは影をひそめ、いつの間にかファミリー向けのワゴンタイプやパッケージングの優れたスモールカーが幅を利かせるようになった。
モーターショーは、まさに時代を映す鏡なのである。

2年前のショーでは画期的だった事物も、2年後には当たり前のことになる。
今年もそんな雰囲気を感じた。

今は環境に配慮するのは当たり前。
そこからプラスアルファを考える時代。

それはユニバーサルデザインという形で具現化されている。

ユニバーサルデザイン。端的に言えば「できるだけ多くの人が利用可能であるように製品、建物、空間をデザインする」こと。
障害の有無、年齢、性別、国籍、人種等にかかわらず多様な人々が気持ちよく使えるように、あらかじめ都市や生活環境を計画する考え方である。

今回のモーターショーは、このユニバーサルデザインの概念が、確実に自動車業界に浸透しつつあることを感じさせられた。
数年前からデザイナーの中では論じられてきたこの概念が、ついにこのショーの表舞台に躍り出てきた感がある。

これからはこの思想が、確実に裾野を広げ、主流になっていくだろう。
モーターショーが市民に与える影響は、無視できないほどに大きい。

参考サイト
UDCユニバーサルデザイン・コンソーシアム
http://www.universal-design.co.jp/

写真:
日産ブース。ブースの2階から撮影(2005年10月27日)
ウクレレ触ってます
「師匠」に触発されて、ウクレレ触ってます。
きっかけは、師匠が自分のBooChamp(http://store.yahoo.co.jp/gakki/boochamp.html)をポンと、私に投げてよこしてきて・・・
ぽつりぽつりと「涙そうそう」のコードなるものを弾いたら、あらま面白い・・・と。

ウクレレ練習ちう

写真は師匠が最初に買ったウクレレです。とりあえずこれを借りています。
チューニングしてみたら・・・音合わないしぃ〜 (T T)

やっぱ安物はダメっす。
例え楽器店で売っていても手を出さないよーに(汗)