ヨドバシマニア

どこへ行ってもヨドバシカメラである。
ちなみに私の「ホーム」は上野店。
そこを根城に新宿西口、東口、大ガード、仙台、宇都宮・・・
当然のことながら、マルチメディア・アキバはすでにチェック済み。
しかし、マルチメディア梅田には行き損ねている。
郡山店はどこにあるのかわからなかった。
持って帰るのに面倒なもの、購入価格が1万円を越し、送料が無料になる場合は.comという手を使う。
思い立って、ヨドバシ関係のものを探してみた。
・・・いや、探さなくても部屋の中に転がっていた。
領収書をひっくるめれば相当な「コレクション」が眠っているに違いない。
これらを集めて展示するだけで、私の「ある部分」の歴史は完成するだろう。
海外で写真材料を買う際にも、「ヨドバシがあれば」と舌打ちした。
あのニューヨークの街中でさえも、欲しいものが見つからない。
恐るべき東京は、世界有数の「買い物天国」なのである。
さて、関東に引越してきたばかりの頃の私は「ま〜るいみどりの山手線」のCMに仰天し、カメラなんて1回買えばおしまいやん、どうやって儲けてるんやろ?と思ったものだ。
20数年後、自分がそのヨドバシカメラを儲けさせてやる存在になるなんて想像もしなかった。
ちなみに私のゴールドポイントカードは、この制度が始まったばかりの頃に作ったもの。
「これはとってもレアなものですから大事にして下さいね!」
と、ある店員さんに言われた。
・・・喜んで良いことなんですかね?

どこへ行ってもヨドバシカメラである。
ちなみに私の「ホーム」は上野店。
そこを根城に新宿西口、東口、大ガード、仙台、宇都宮・・・
当然のことながら、マルチメディア・アキバはすでにチェック済み。
しかし、マルチメディア梅田には行き損ねている。
郡山店はどこにあるのかわからなかった。
持って帰るのに面倒なもの、購入価格が1万円を越し、送料が無料になる場合は.comという手を使う。
思い立って、ヨドバシ関係のものを探してみた。
・・・いや、探さなくても部屋の中に転がっていた。
領収書をひっくるめれば相当な「コレクション」が眠っているに違いない。
これらを集めて展示するだけで、私の「ある部分」の歴史は完成するだろう。
海外で写真材料を買う際にも、「ヨドバシがあれば」と舌打ちした。
あのニューヨークの街中でさえも、欲しいものが見つからない。
恐るべき東京は、世界有数の「買い物天国」なのである。
さて、関東に引越してきたばかりの頃の私は「ま〜るいみどりの山手線」のCMに仰天し、カメラなんて1回買えばおしまいやん、どうやって儲けてるんやろ?と思ったものだ。
20数年後、自分がそのヨドバシカメラを儲けさせてやる存在になるなんて想像もしなかった。
ちなみに私のゴールドポイントカードは、この制度が始まったばかりの頃に作ったもの。
「これはとってもレアなものですから大事にして下さいね!」
と、ある店員さんに言われた。
・・・喜んで良いことなんですかね?
言葉は万能なのか
否
言葉は互いの存在を曇らせる
互いの輪郭を確かめるためには
言葉は無力だ
言葉を扱うために
頭の大きくなった人間
感じることを
忘れないように
否
言葉は互いの存在を曇らせる
互いの輪郭を確かめるためには
言葉は無力だ
言葉を扱うために
頭の大きくなった人間
感じることを
忘れないように
わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です。
--- 宮沢賢治 ---
初めてこの言葉を聞いたとき、なんとも不思議な感触を持った。
そして、何かの折にふと思い出す。
それは決まって、しんと静まり返った夜に。
有機交流電燈の青い照明。
どんなものだかわからないままに
揺らぐほのおを見る私。
「春と修羅・序」を、読んだことはないのだけれど。
「賢治先生」って、どんな人だったのだろうと
思うことがある。
それは花巻での彼の足跡を旅してから、ずっと続いているような。
そんな気がする。
--- 宮沢賢治 ---
初めてこの言葉を聞いたとき、なんとも不思議な感触を持った。
そして、何かの折にふと思い出す。
それは決まって、しんと静まり返った夜に。
有機交流電燈の青い照明。
どんなものだかわからないままに
揺らぐほのおを見る私。
「春と修羅・序」を、読んだことはないのだけれど。
「賢治先生」って、どんな人だったのだろうと
思うことがある。
それは花巻での彼の足跡を旅してから、ずっと続いているような。
そんな気がする。
箱Tシリーズ

思いついたら塗って行く。
結果、この箱が自分を物語っていく。
ひとつの箱は、完全にAppleコンピュータをイメージしてます(笑)
外を歩いて虹色カラーを見ると・・・イメージするのはこれしかなくて。
虹色リンゴを見つけると、それが「ニセモノ」であっても欲しくなってしまう。
マックと言われてハンバーガーなど思い出さないわけで。
あ、でもこれは関西人はみなそうです (^^;)
ただし私は、「マクド」という略語が生まれない頃に関西を脱してしまったので、ちょっと違うのですが。
今使われている白や銀色のリンゴより、この虹色が好きなんです。
あっちこっちにこのマーク貼ってます。

何をやってるんでしょうね、私( ̄ー ̄)ふっ。

思いついたら塗って行く。
結果、この箱が自分を物語っていく。
ひとつの箱は、完全にAppleコンピュータをイメージしてます(笑)
外を歩いて虹色カラーを見ると・・・イメージするのはこれしかなくて。
虹色リンゴを見つけると、それが「ニセモノ」であっても欲しくなってしまう。
マックと言われてハンバーガーなど思い出さないわけで。
あ、でもこれは関西人はみなそうです (^^;)
ただし私は、「マクド」という略語が生まれない頃に関西を脱してしまったので、ちょっと違うのですが。
今使われている白や銀色のリンゴより、この虹色が好きなんです。
あっちこっちにこのマーク貼ってます。

何をやってるんでしょうね、私( ̄ー ̄)ふっ。
筆がない
絵の具というものを、もう何年も使っていなかった。
久しぶりに押し入れから出してみたら、絵の具はなんとか救えるものの、筆が退化してしまっている。
毛が抜けるし、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
使っていれば、ボロなものでもこんな状態にはならないのだが。
道具は使ってなんぼ。
使わなくなったとたん、風化が始まる。
それは、楽器しかり、カメラしかり、果ては住宅まで。
まずは画材屋でとりあえず数本、物色するハメになりもうした。
はあ。
絵の具というものを、もう何年も使っていなかった。
久しぶりに押し入れから出してみたら、絵の具はなんとか救えるものの、筆が退化してしまっている。
毛が抜けるし、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
使っていれば、ボロなものでもこんな状態にはならないのだが。
道具は使ってなんぼ。
使わなくなったとたん、風化が始まる。
それは、楽器しかり、カメラしかり、果ては住宅まで。
まずは画材屋でとりあえず数本、物色するハメになりもうした。
はあ。

チャーシュー。

カレーライス。
毎日の食事の支度、してます。
仕事しながらだと、かなり大変なんですが、それなりにポリシー持ってやっている。
食は万物の基礎
食は文化
食はアート
昔は仕方ないから作ってたんです。
モントリオール在住をきっかけに変わりましたね。
とにかく、一人暮らしはろくなもの食べないわけです。
お金ないからジャガイモのゆでたのだけ、とか。
で、週末になると友達のうちでホームパーティやるワケですよ。
カナダは民族のモザイクと言われる国ですから、それはそれはいろんな国のおいしいフードにありつける。
そうなると日頃の食生活の貧しさから、ついつい食い溜めに走るわけです。
人間の身体ってよくできてます。
ひどい生活をしていると、危機感を持つんです。
次はいつまともな物を食べられるか、わからないと。
結果、ちゃんと「備蓄」してくれるんですよ。
帰国した時、ワタシ、8kg増加してました。
空港まで迎えに来た妹が、私のことを見つけられなかったくらいです・・・
帰ってまともな食事をするようになったら、みるみるうちに痩せました。
他にも、「ポリシーを持つ」動機はあったのですが。
それは、また別の機会にお話しますね。
かゆい

以前、イベントで販売するために作った子供用のTシャツ。
残っていたものがずっと忘れ去られていた。
かわいそうなTシャツたち。
それを活かしてやろう。
小さな女の子にプレゼントすることにした。
しかし、ただハイと渡すような、アーティストらしからぬこと(笑)はしない。
「箱T」
というアイディアを考え付いたことがある。
真四角な箱に入れたTシャツである。
その箱には絵を描き、写真を貼ってみたりする。
パッケージも楽しく、開いてTシャツを取り出して着てみるまでがワクワクする仕掛け。
しかし今まで、そのアイディアを試す機会がなかった。
では、まず写真撮影から始めてみよう。
7:30撮影開始。
今朝は久しぶりにポラロイドを使ってみる。
「クラカメ命」が取り出した最初のカメラは、ポラロイドSX-70だ。
独特の雰囲気をかもし出すポラの影像世界は、ものづくりの心をくすぐる。
それはデジカメで撮り流す日常のワタシに、まるで違うものを提供してくれる。
自宅の庭は、私の専用「スタジオ」として機能している。
母が様々な植物を植えているおかげで撮影材料には事欠かない。
そんなわけで最もお世話になっているのは、この庭なのである。
しかし・・・・・かゆいのだ。
理由は、ゼブラ柄を身にまとった「やつら」である。
あの恐るべき「吸血鬼」どもが、手ぐすね引いて私を待っているのだ。
対してこちらは撮影することに夢中で、入念な準備などすっかり忘れている。
おかげで撮影終了後は、顔から足まで真っ赤に膨れ上がる。
だから、ここで使われているネイチャー系の写真をご覧になられた方。
私が「やぶ蚊」と闘いながら、撮影したと思ってくだされば幸いである。

以前、イベントで販売するために作った子供用のTシャツ。
残っていたものがずっと忘れ去られていた。
かわいそうなTシャツたち。
それを活かしてやろう。
小さな女の子にプレゼントすることにした。
しかし、ただハイと渡すような、アーティストらしからぬこと(笑)はしない。
「箱T」
というアイディアを考え付いたことがある。
真四角な箱に入れたTシャツである。
その箱には絵を描き、写真を貼ってみたりする。
パッケージも楽しく、開いてTシャツを取り出して着てみるまでがワクワクする仕掛け。
しかし今まで、そのアイディアを試す機会がなかった。
では、まず写真撮影から始めてみよう。
7:30撮影開始。
今朝は久しぶりにポラロイドを使ってみる。
「クラカメ命」が取り出した最初のカメラは、ポラロイドSX-70だ。
独特の雰囲気をかもし出すポラの影像世界は、ものづくりの心をくすぐる。
それはデジカメで撮り流す日常のワタシに、まるで違うものを提供してくれる。
自宅の庭は、私の専用「スタジオ」として機能している。
母が様々な植物を植えているおかげで撮影材料には事欠かない。
そんなわけで最もお世話になっているのは、この庭なのである。
しかし・・・・・かゆいのだ。
理由は、ゼブラ柄を身にまとった「やつら」である。
あの恐るべき「吸血鬼」どもが、手ぐすね引いて私を待っているのだ。
対してこちらは撮影することに夢中で、入念な準備などすっかり忘れている。
おかげで撮影終了後は、顔から足まで真っ赤に膨れ上がる。
だから、ここで使われているネイチャー系の写真をご覧になられた方。
私が「やぶ蚊」と闘いながら、撮影したと思ってくだされば幸いである。
あたまのなかに 白い線をえがく
その線は どこまでもどこまでも続いていく
はてしない地平線 それは地のはてまでもおおう
砂漠はきいろく染まり 空は枯いろをおびた碧さをしている
静けさだけがそこに横たわっている
乾いた けしき
そこにあるのは 大きな空洞
ぽっかりと浮かび上がる月
今 あなたの目に拡がるのは なに?
その線は どこまでもどこまでも続いていく
はてしない地平線 それは地のはてまでもおおう
砂漠はきいろく染まり 空は枯いろをおびた碧さをしている
静けさだけがそこに横たわっている
乾いた けしき
そこにあるのは 大きな空洞
ぽっかりと浮かび上がる月
今 あなたの目に拡がるのは なに?
「HIBINO EXPO 2005 日比野克彦の一人万博」展 。
http://www.arttowermito.or.jp/hibino05/hibino05j.html

最終日に訪れた。
いつも美術展の最終日に感じる、しょぼくれた寂しさとは無縁の世界だった。
最後に打ち上げられたパーティ。
彼、日比野克彦氏の人なつこさと、人々と共に何かを成し遂げて行くパワーを感じた。
日比野克彦。
1982年、藝大在学中に日本グラフィック展で大賞をとり、時代の寵児に躍り出た若者。
当時の私はまだ中学生。後に藝大進学を目差す高校生になり、日比野氏のことを知るようになる。
同じものを目差す者にとって、彼は眩しくもあり、同時に悔しいような複雑な気持ちを抱いたものだ。
彼の作品をきちんと見たのは始めてであった。
延々と繰りかえされる段ボールの積層。
日比野と言えば、段ボール。
今までずっと、この「画材」にこだわり続けていたことに驚く。
そこにあるのは、北米気質のような
屈託のない明るさであった。
これほどまでに、楽し気な作品群を
私は今まで見たことがない気がする。
彼はただ無心に、無邪気に
ものを創り続けている。
作品を見ているうちに、彼のそんな姿が見えてくるようだった。
ものを創ること。
日々、何かを創り続けていくこと。
来る日も来る日も
ものを創り続けていくことを躊躇しないこと。
近頃の私に欠けていることだと思った。
小さいころ、広告の裏紙を探しては、ただただ無心に絵を描いていた。
何を描こうと思いを巡らせれば、その世界を簡単に自分のものにできた。
ドラえもんの四次元ポケットのように
私の脳は、いろんな「発明品」で溢れかえっていた。
図画工作の時間の子供のように
ものを創り続ける。
役にたつ、とか
お金になるとか
そんなことでなく
ただ、無心にものを創り続けていく。
1日1つ、どんなちいさなものでも
創り続けていく。
それが積み重なっていったとき
私が生きてきたことの証になるのなら
こんなに素敵な人生はない
http://www.arttowermito.or.jp/hibino05/hibino05j.html

最終日に訪れた。
いつも美術展の最終日に感じる、しょぼくれた寂しさとは無縁の世界だった。
最後に打ち上げられたパーティ。
彼、日比野克彦氏の人なつこさと、人々と共に何かを成し遂げて行くパワーを感じた。
日比野克彦。
1982年、藝大在学中に日本グラフィック展で大賞をとり、時代の寵児に躍り出た若者。
当時の私はまだ中学生。後に藝大進学を目差す高校生になり、日比野氏のことを知るようになる。
同じものを目差す者にとって、彼は眩しくもあり、同時に悔しいような複雑な気持ちを抱いたものだ。
彼の作品をきちんと見たのは始めてであった。
延々と繰りかえされる段ボールの積層。
日比野と言えば、段ボール。
今までずっと、この「画材」にこだわり続けていたことに驚く。
そこにあるのは、北米気質のような
屈託のない明るさであった。
これほどまでに、楽し気な作品群を
私は今まで見たことがない気がする。
彼はただ無心に、無邪気に
ものを創り続けている。
作品を見ているうちに、彼のそんな姿が見えてくるようだった。
ものを創ること。
日々、何かを創り続けていくこと。
来る日も来る日も
ものを創り続けていくことを躊躇しないこと。
近頃の私に欠けていることだと思った。
小さいころ、広告の裏紙を探しては、ただただ無心に絵を描いていた。
何を描こうと思いを巡らせれば、その世界を簡単に自分のものにできた。
ドラえもんの四次元ポケットのように
私の脳は、いろんな「発明品」で溢れかえっていた。
図画工作の時間の子供のように
ものを創り続ける。
役にたつ、とか
お金になるとか
そんなことでなく
ただ、無心にものを創り続けていく。
1日1つ、どんなちいさなものでも
創り続けていく。
それが積み重なっていったとき
私が生きてきたことの証になるのなら
こんなに素敵な人生はない


