ものづくりノート

すたじおKoki'oの仕事人、「のり」のブログへようこそ。グラフィックデザイナー、ハンドメイド洋服作家、初心者ウクレレの先生です。

続けることが、最強の技

ここのところ、さらに忙しく過ごす私ですが、それでも毎朝1時間、自分の時間を取っています。
この短い時間内で進める「自分のための仕事」。これが、なかなか・・・。

始めのうちは、こんな細切れで大丈夫かよと不安一杯だったのですが、ちまちま続けて1か月。
続けてきた軌跡を眺めてみると・・・!?
けっこういろんな成果が上がってきています。
これはもう、驚き以外の何物でもありませんでした。

おかげで今のところ、イライラせずに過ごせております。
今日の1日、○○ができた、という充実感があるからでしょう。

そんな私が「なるほど!」と感じたブログの紹介のご紹介。
私も毎日キュレーションを続ければ、ブログの読者が増えるかしらねー?

毎日続けることは才能さえも凌駕する。(隠居系男子)

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「悟」の文字

悩むの反対語を検索した。
悟る だそうだ。

驚いた。
まさか、そうとは知らなかった。

の漢字を分解してみた。

りっしんべん + われ

つまり、
吾の心

自分的解釈をすれば、吾の心を見つめる
冷静に自分の心を眺めることだ。

人間は、確かに考えることができるけれど、宇宙的規模から見れば大したことはないものだ。
何万年も前にできた地形やら地層やらを見ていると、ますますそう思わざるを得ない。
(はい、「ブラタモリ」の見過ぎです)

だから、人間にできることと言えば、ありのままの自分の心を見つめ、やるべきことをやる。
以上、おしまい。
そこに、悩みが存在する必要はない。

果報は寝て待て。
昔の人は、よく言ったものである。

あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。
主が成し遂げてくださる
(詩篇37:5)

これは聖書にある言葉。クリスチャンでなければ、「主」を「宇宙」に置き換えても良い。
自分が全ての責任を負う必要などないことに気付いたら、スーーッと楽になるよ。


ところで、写真は栃木県宇都宮の大谷資料館の内部。
ここはすごい。

大谷資料館の写真
(クリックで画像拡大)

悠久の果てに広がる巨大な石窟である。
実は「宇宙の成果物」を人間がちゃっかり拝借した結果、できた代物。
幻想的な風景も、人間による演出だけど!

しかし、それを差し引いてもすごいことには変わらない。
ご旅程に加えてみてはいかが?

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人口減少? それって悪いことなの?

今、NHKスペシャルで放映中ですね。
掴みの部分で違和感を感じ、テレビを消してしまいました。

この狭い島国に1億人を超える人が住む日本。
多過ぎやしませんか? そして、小回りが利かなくないですか?
私、前からそう思っていましたけど。
それが正常な方向に戻っていくだけの話じゃないですかね?
だって、国勢調査を始めた大正時代の人口は5600万人だったんでしょう?
それでやっていけてたわけですよね?

正直、大国と呼ばれる国々よりも、小さな国に住む人々の方が幸せに見えるのですよ、私には。

そんなことを考えながらググってみたら、読み応えのあるブログを見つけたので、リンクしておきます。
今の若者の考え方って、私の心にピーンと来ることが多いんだよね。

ひろろーぐ
〜小さな山村で暮らしながら、
地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ〜

ここの人口減少についての著者の意見を参照。

グローバルもいいけど、まずは身近な所をよく見て大切にすることから始めるべきでは?
それは古臭いことかもしれないけど、結局は新しいことかもしれないよ。
今の私はそんなことを考え続けながら、毎日を過ごしています。

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「人は変えられない、自分を変えろ」とは?

先週、RITOの「と」さんと話をしていて、出た話題である。

例えば、身近な人が常にマイナス思考で、どうにかならんかと思いながら生活していたとする。
しかし相手のことを、そのように考えている時点で自分の負けである。

つまりその時点で、自分は相手に呑まれている
既に自分も、マイナススパイラルにハマっている状態なのだ。
気がつかないうちに自分の精神が侵食され、つまらぬ人間になっているわけ。
人を変えたいはずが自分が変わってしまっている。それも自分の望んでいない方向に。

相手じゃない、自分を変えるんだよ。とどのつまりは、



殴り書きをしてみた。わかるだろうか?
まず、自分の気持ち、ビジョンを優先して行動する。
その時に、相手のことを考える必要はない
常に自分を優先に。
そうすれば、自分自身の勢力が強まる。
すると、今度は相手が「私の勢力」に呑まれていく
こうなったら、めっけ物。

人を変えようとするな、自分を変えよ。

というのは、そういうことだったのだ。
難しく考えることはなかったんだね!
独りで考えても、思いつかなかったのにな。
鈍才も2人集まれば、文殊の知恵であります。

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傲慢 について

【解説】
「弱い人を助けなければならない」と信じて一方的に与え続け、相手から与えられること、学ぶことを忘れた状態。

◆世の中には「強い人」と「弱い人」がいて自分は強い側にいう。だから弱い人を一方的にお世話しなければならない、と考える人がいます。そういう人は無意識に自分と弱い人の間に境界線を引き、格差を作り、相手を「子ども扱い」します。「あなたと私は別、私はあなたから得る物は何もない」と思い込む、このような関係性の拒否を、聖書は「傲慢」と言います。
この世界には「強い人」と「弱い人」がいるのではありません。死すべき人間は皆、本来弱い。ただ弱さを「隠せる人」と「隠せない人」がいるに過ぎません。隠せる人は隠せない人と出会うことによって、人間本来の弱さを教えてもらうのです。そのとき、両者を分かつ境界線などないことに気付きます。「与える者は与えられる」という双方向の人格的な交わりが生まれます。

塩谷直也(青山学院大学宗教主任)
こころの友 2016年7月号「聖書一語事典」

うはー、衝撃的な解説でした。
目から鱗。

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